今にも崩れ落ちそうな彼女の前で。

ただ今午前12時前、終電に近い車内。この時間なら混雑しているはずなのに、空いているスペースがある。中に入ると、その理由がわかった。
ホームレスらしきおばあちゃんが大きく場所をとって寝ているのだ。
匂いがきつい。
マスクをしている私はまだ我慢できるが、あからさまに距離をとっている人もいた。


マナーとか、人々の目線とか、まあどうでもいいんだけど、気になったのは、おばあちゃんがどこに行こうとしているのか、ということ。


電車の代金くらい、ホームレスの人でも稼げるだろう。
でも、ここまで深く寝入るということは、かなり遠くまでいきそうだ。結構なお金になるはず。ホームレスな彼女には、清水の舞台の半分くらいになるだろうか。


おばあちゃんは、何を思って遠い距離を電車に乗っているのだろう。何に突き動かされているのだろう。高い金を使って電車に乗る。何らかの事情がありそうだ。


病気の孫が危篤だ。
いやいや。
最後の思い出にこの電車に乗り、実はもう息を引き取っている。
いやいやいやいや。


嗚呼、悪い癖が出てしまいそうだ。
起こしたい。起こして、真相を聞き出したい。「おばあさん、一体どうしたんですかい? 何か訳ありですね」って解決するつもりは、これっぽっちもないのに問いただしたい。
でも、聞けない。うずうずしながら、この文章をケータイで打っている。ぽっかりと隙間のできた、眠る彼女の前で。一人つり革につかまって。


もうすぐ私が降りる駅につく。「あんまりにも気持ちよさそうだったから」と言い訳を残し、電車を降りた。