第30回

短編小説第30回、昔のものの移しです。
なんか、映画っつーか、歌っぽいんだけど何かあったのかな

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 パチン。暗い室内。カーテンから漏れる光。アメリカの古い映画だったと思う。孤独を装う主人公。どのシーンというわけでなく、中指と親指で音を立てる行為だけを、秋人は覚えている。いつのまにかそれは、彼を印象づける癖になっていた。ベッドから手を伸ばし、煙草をつける。隣の洋子が目を覚ました。
「どうしたの? ……まだ5時じゃない?」
 休日には不必要なくらいの早さだ。テレビをつける。明かりと供に、今日の天気がすばらしい笑顔で伝えられていた。
「別に……墓参りにでも、行こうかな」
「……お父さんの?」
 返事はでなかった。父が去り、自分が大学に復帰。期待と役割に、情けない毎日。
「一緒に行くよ」
 着替え始めた洋子を制して部屋を出た。霧の中を駅まで歩く。信号の点滅にリズムが感じられるくらい静かな朝。電車のきしむ音は、指を鳴らすことでかき消すことができる。
「久しぶり、だな」
 墓地にはなおさら人気がなかった。この時間に来たのはやはり間違いなのかも知れない。生命を感じられないことに胸が締めつけられる。目を覚ました太陽の光を返事とした。
「なんで、親父じゃなくて俺が残っているんだ?」
 指を鳴らした。最後に二人で出かけたドライブ。目の前の情景が変わる。
「ドライバーが軽傷で、助手席が致命傷だなんて、あんまりじゃないか?」
 誰も答えない。パチン、また指を鳴らす。
 父の苦笑い。パチン。母も笑う。「あなたがあの映画ばかり観てるから、この子が真似するようになったのよ」
 連続して指を鳴らしている自分に気がついて、秋人は手を止めた。小さく虫の羽音が聞こえる。秋人はもう一度だけ指を鳴らした。
「父さん、僕は生きている」
 いつの間にか、霧が晴れていた。


Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)

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短編小説第30回、テーマ「鳴く」でした。
ストレートじゃないね。ほんと、この頃は。