誰がために書くのか

前に人力検索だったか、アンケートだったかで
「アクセス数が120から200にもいかないような人は、
いったい何のために書いているんですか?」
みたいな質問があった。


そのときは単純に、
「アクセス数が集まるようにがんばっている段階で、
今は我慢の時なんでしょ?」
みたいなことを思っていたんだけど、
はたして自分は何のためにブログをつけているのだろう、という
漠然とした不安があった。


で、今ならきっとこうこたえられる。
誰のために、は、結局自分のために
何のために、は、誰かに聞いてほしいからだ。


非コミュの私でも、高校時代には毎日のように誰かと電話をしていた。
特定の相手がその80%をしめていて、
決して大勢の人間と喋っていたわけではないが、
今考えると、信じられないくらい飽きずに話していた。


例に漏れず内容は、好きな人とのこととかが多かったのだけど、
話せる相手とは、バカやっているだけの友達では話せないような
人生観、進学のこと、将来のゆめ、
果ては宇宙や宗教をどう思うか、までに及んだ。
むしろ、そんな自分の内面までをさらけ出せる友達や
恋人がいることが誇りのように感じていた。


もう社会人になってずいぶんと経つけど、
今では話したくてもさすがに無理になっているように思う。
みんなかなり忙しい人だし、自分だって毎日は話している暇がない。
お互いの近況や愚痴を聞いたり話したりのがせいぜいで、
いつしか【本当に話したいこと】を話す勇気がなくなってきた。


一緒の学校で育った仲間とは言え、
それぞれ会社も違えば、おかれている立場も違うのだ。
今自分が思っていることに、同意してくれるだろうか?
と、臆病になってしまっている。
だけど、やっぱり、こんな私でも意見の掃き出し口はほしいのだ。


アクセス数が増えなくても、結局想いの丈を打ち明けてしまうのは、
結局は自分のために吐き出しているって事なんだろう。


あ、いや、勉強の結果をノートしておくとか、
日記といういう意味もありますが。