第75回

短篇小説第75回です。
しばらく一人称に逃げ込んでいましたね。
この短篇小説は練習に意味が強いので、
なるべく三人称でがんばります。

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 霧の深い、不思議な夜でした。
 少し息苦しいけど、気分は爽快。空を飛んでいるかのよう。夏休み中の好未(すいみ)のまわりは、泳いでいるうちに見たこともない風景になっていました。ワクワクと高鳴る鼓動。この感覚は、子供の時以来のことです。
「面白い! 深く潜ったわけじゃないのに」
 眼下には海底山脈が広がっていました。珍しい木々。おいでおいでと揺れるダンスは、霧のおかげではっきりとしませんでしたが、なんとも楽しげ。
「何の音だろう? 嵐が近づいているのかな」
 プープー、パー。キキキー。またしばらく進むと、高いトーンの物音が入り交じってきました。山々はいつの間にか四角くなり、垂直にそびえ立っています。生まれて初めて耳にする騒音。音自体は不快なもので、耳を塞ぎたくなります。それでも好未はうれしくて、きょろきょろと目を動かしました。
「近くで音楽会をやってるのかな? 私の他にも、この不思議な夜を楽しんでいる人がいるのね」
 知り合って、友達になりたい。好未は思います。だけど、この先にもっとすてきな場所が待っているかもしれない。好奇心は、彼女をさらに突き進ませました。最大限のスピードで、思いっきり、力一杯泳ぎます。視界がひらけてきました。
「うわあ、すごい。きれい!」
 地面にはたくさんの明かりがありました。よく見ると、一つ一つが貝殻のように独立した物体です。どんな生物の住みかなのだろう。好未が今まで見たデザインのなかで、一番美しいおうち達です。そのうちの一つから、かわいらしい声が聞こえました。
「ママぁ、お魚が霧の中を飛んでるよ?」
「また夢みたいなことを言って。そんなことあるわけないでしょう」
 誰が夢を見ているのでしょう。それはとても霧の深い夜のお話でした。


Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)

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短篇小説第75回、テーマ「霧」でした。
なんでももやとの違いはどれほど距離が長く続いているか、だそうで。