第69回

短篇小説、69回目です。
だんだん夏めいてきました。
去年の事を思うと、「なんだ、梅雨じゃねえじゃん」
と思った時に、梅雨がやって来るのです。


69回目か、なんか最近運が悪いと思ったよ。

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 ベンチにたたずんでいたはずだった。霧深い小島に、一人立っている。視界は数メートル。そこに、氷の棺桶。
「何を、見せたいんだ?」
 棺の中には、事故でばらばらになって死んだはずの息子がいた。
 お盆に近い真夏、彼は東京にいた。三度目の命日。大学で世話になっていた方々への挨拶を終えた帰り道。照り返す日差しにうんざりして、足を止める。年端もいかない少女が、かき氷を売っていた。目を逸らしたくなる病的な赤。
「千円になりまぁす」
 トラウマを払うと考えれば、安いものだ。促されるままに購入した。スプーンで氷の山を崩すと、今に至る。
「悠人、俺だ。父さんだぞ」
 氷は冷たく厚かった。中に沈む息子に声は届かない。何の反応も示さない。
 人間としての造形が整った、きれいなままの姿は幻影か、願望か? 氷を叩く。鈍い音だけが響いた。
 振り返るのはもう止めにしよう――。最後のつもりで上京してきた。残酷な死は、生きる望みまで殺した。涙を冷たく固め、気持ちを動かせば、痛みだけが寄り添ってくる。
 考えたくない。無心に逃げ込みたい。
「悠人、返事をしてくれ!」
 しかし、叫んでいた。絶望の状態で固まったままの希望。まだ、凝固する余裕が残っているというのか。
 彼は激しく拳を動かす。氷と共に、息子の身体が溶け始めた。慌てて、手のひらですくう。幼かった息子の姿が水面に映った。浴衣を着て、夏祭りを楽しみにしている。
 バラバラの肢体、最後の瞬間だけが生きた証じゃない――。
 まぶたを開ける。水面にもう息子はいない。かき氷は、液体になっていた。泣き顔の自分だけがいた。

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短篇小説第69回目、テーマ「かき氷」でした。
かき氷って言うか、「溶ける」って感じだったな……。


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