第64回

短編小説、第64回です。
これのために前回を「クロソイド」にしたのに、
意外と手間取った。
次はもう少しがんばります。

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 佐藤さんがおかしくなったのは、三時におやつをとってからと判明。かれこれ二時間前。現在はウッドベースを弾くまねをしながら、ジャズを口ずさんでいる。さながらエアベースだろうか。その口にはドーナツが加えられていた。
「えー、こちら部長。細貝さん、お願い」
「また私ですか……」
 細貝さんはため息をつく。腰重く立ち上がった。彼女は何でもそつなくこなす優秀な人材で、佐藤さんとは女子大からの友人関係にある。指名されるのも無理はない。二人は何かにつけて勝負を始めることでも有名だった。
「あー、あーもしもし、佐藤?」
 返事はない。細貝さんは彼女の口からドーナツを引きはがした。
「何するんだ!」
「こっちのセリフだ! 仕事に戻れ」
「チョコのオールドファッションに、コーヒーだよ? ジャズって感じだよね」佐藤さんは今度はクルーラを喰わえる。カップのコーヒーを流しに捨て、代わりに紅茶を注いだ。
 やれやれ、またはじまったか――。細貝さんは冷たい視線で眺める。彼女とおやつをともにしたのは自分だ。原因はわかっていた。
 佐藤さんはシャンソンを口ずさみだした。
「安易だな、お前」気は乗らないが、つきあうことにする。「冗談も程々にした方がいい。それ、レコードじゃなくてドーナツだ」
「知ってるよ!」佐藤さんは激しい口調で反撃した。「これはドーナツだ。ドーナツ以外のなんでもない。世の中全部ドーナツなんだよ!」目に涙を溜めている。
「それだってドーナツなんだろ? そうなんだろ?」佐藤さんはそのままの勢いで細貝さんの左手、くすり指を示した。
 細貝さんは頬を赤く染めて頷いた。「ええ、ドーナツよ。とってもあまぁい」
 部長がメガホンを手に取る。「えー、今回の勝負、軍配が上がりました」

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短編小説第64回、テーマ「ドーナツ」でした。
写真で丸わかり。
ダイアリにアップするためにコンビニまで走ってきたんですがね。