ラム

短編小説第32回、ラムです。

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 春妃はその名の通りこの世の春を横臥していた。その脇にはひざまずく純平。愛犬のネルソンは、春妃に首を切られた揚げ句、その血を酒にされていた。ひどく高い能力を持った彼だが、これ以上日の目を見ることが出来ない。
「ジュン、あんた私の言うこと聞いてないと、他はもっとひどいのよ?」
 春妃はこの主従関係について、横目で睨み付けた。京都出身の貴族だ。権威から言えば確かにそれは一理ある。
 これ以上悪い性格があるとは思えないが――。純平は唸った。実はこの奴隷の仕組みは、貴族同士の力関係によりトライアングルを形成している。どうあがいても強固になり、どう動いても循環が発生する。各々の従者達にとっては、動かなければ悪夢が続くし、動けば他の者の地獄を進行させることを意味している。
 どうすれば抜け出せる――? 純平は首のないネルソンの体をさすりながらずっと考えていた。春妃がしゃっくりをあげる。
「……?」
「ないよ? あたしが酔っぱらってちゃ何か悪いわけ?」
 千鳥足で犬の首を抱える。新しい血をグラスに注いだ。
 酔っぱらっている? なぜ、犬の血で酔っぱらうんだ? 純平は押し付けられる死体を見る。
 元々体温があったからか? さすることによって血が発酵したのか? 春妃の上機嫌っぷりは、アルコールの作用そのものだ。
「私が上、お前が下よ。永遠に」
 そうだ。純平は頷いた。さするという動作は、行ったり来たりの連続だ。大きな三角から見たら、ゼロみたいなものだ。影響しない。
「さー、じゃんじゃん行ってみよー」
 純平はこっそりその場を離れた。二度と戻ってこなかった。結局、春妃も。