たまごが先か、ひよこが先か 小林泰三『玩具修理者』

玩具修理者 (角川ホラー文庫)
小林 泰三
角川書店
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なぜこんなタイトルをつけたのか言おう。
オリジンを考えるべきではない。
どうやってひよこになっていったのか、その経過を憶えておくことこそが、大事なのだ。
……いや、こう言っている私も、その方がいいのか、わからなくなってしまった。
玩具修理者に収録されている『酔歩する男』を読んだからだ。



友人から小林泰三さんを教えてもらったときに、ぜひ読んでおけ、とお勧めされたのが、この『玩具修理者』だ。
玩具修理者』も悪くはない。
私の好きな叙述トリック、大どんでん返し系のストーリィに仕上がっている。


しかし、『酔歩する男』の『不条理を一本の糸で練り上げた』感覚は、今まで読んだ小説の中にはないものだった。
パブではじめて出会ったはずの男が、自分の親友ではないか、と妙なことを言い、時間を連続ではなくポイントとして移動する自身のことを語り始める。


人生をやり直せたら、と願うのは、人間にとってそれほど希有なことではないだろう。
しかし、ポイント、一日単位で飛び飛びになってしまうとしたら、どうだろう?
未来のために策を練り、過去に振り回される。
連続した時間が、結果という我々の安心を生んでいることに、今更ながらに気づかされることだろう。
そしてそれが永遠に続くとしたら……。


ポイントで移動する分、青年期、中年期はもちろん、嬰児、そして胎児の頃まで強制的に移動してしまう男の苦悩。
そしてそれに気づいていない、いや、気づかないようにしているのは、もしかしたら我々も……?
すこしだけあこがれを覚えつつ、その絶望に恐怖してしまう。


私が言っていることがよく分からない方には、こう言おう。
あなたは、おとといの夕食が何だったか、答えられますか?
答えられないのに、あさっての夕食のメニューを憶えているんじゃないですか?

★★★★☆